2011年6月28日火曜日

ホタル

日曜日、近所でホタル見てきました。
6年も今の街に住んでるのに
初めて行ってきました。

小さい頃、山の方にいた親戚のおばさんに
ホタル観察に連れてってもらいましたが、
それ以来のホタル。


とってもきれいで貴重な時間を
とても大切な人と過ごすことができました。


感動と感激と幸せと。


sora

2011年5月30日月曜日

さよなら

鏡にうつる後ろ向きの自分にさよなら
ショーウィンドウにうつる気にしいの自分にさよなら

長く長い夕方
肩越しに見える自分の影にさよなら
サイドミラーに流れる過去の自分にさよなら


今、この瞬間も
前を向くしかないのなら
目を見開いて
思いきって進んでいくしかないのなら

振り返るのはもうおしまい


今日の自分にお礼を言って
ありがとうってちゃんと言って


そしたらもう
さよなら

Middle of nowhere

右と左が
白と黒が

こん中にあって
こん中で同居して
振り回されんだ


前も後ろも
青も赤も

わかんなくなって
ぐちゃぐちゃんなって
目が回るんだ

上と下の
ネガティブとポジティブの

境がなくて
際が見えなくて
不安になるんだ
怖くなるんだ


いったい
今、どこにいるんだ?
どこに在るんだ?

誰にも 泣きじゃくって 甘えまくって ニコニコ愛想振り撒いてた そんな淡い時代があって 体が大きくなって だんだんずる賢くなって 必要ウソなんて言いながら 自分を偽るような そんなずるい毎日を送って やがてまた気づくときには 白髪になって 杖つくようになって 少しずつ小さくなって 見えなくなって 聞こえなくなって そうしてまた無に還っていくんだ

2011年5月21日土曜日

君へ

人に愛される幸せと
人を愛せる喜びを


いつまでも
いつまでも

その胸に

2011年5月19日木曜日

ため息 そして伸び

一つ一つのボタンをかけ違えたような
そんな空振りばかりの一日

何気ない一言が
大事な誰かを傷つけて
フォローのつもりがすれ違い


「あぁ、今日はついてね~な」
なんて呟いてみても心は晴れず
今も曇り空


ん~っ!

どうか明日は晴れますように

2011年5月8日日曜日

暗黙の道

この街は
この国は
どこへ向かうのだろう
何を目指して行くのだろう

何も変わらない

毎日が
人が

今日も歩く
こんなにも先の見えない
行く末のわからない道を

空にも
大地にも
流れる川にも
その先の海にも

僕らの垂れ流す文明という名の
驕りと澱

それらは

目を曇らせ
耳をふさぎ
息も吸えず
しびれる舌

どこへ向かうのだろう
何を目指して歩くのだろう

闇へと向かう汚れた道が
昨日と同じように続き

今日も進む

行く末のわからないこの道を

ゆらぎ

やがて消えてしまいそうなくらい
弱々しく
揺れている

揺らいでいる


通りすがりの紫煙の向こうに
夕焼けのつくる影の先に

僕がいない
どこにも僕はいない

2011年5月2日月曜日

ある家族の情景

「ママがいい」と泣き叫ぶ子供の
その母親のお腹には
今か今かと待っている
新しい命

「パパじゃだめ?」と尋ねる
その向かいに立ち、
困惑した悲しげな父親の
柔らかな眼差しは
その大きな愛は
その空気を優しく包み


されど、

やがてその女の子を抱き上げんとす母親の
その温かな口調は愛に満ち満ちて


ああ、やはり母は強し


そして いつか
その女の子にも
きっと同じ日が訪れ

言葉の海で

溢れ出るその一つ一つを
丁寧に丁寧にかき集めて

そしてこぼれてゆく一つ一つを
そうっとそうっとすくい集めて

やがて形を成すそれらを
やさしくやさしく束ねて

一つの詩としてみるものの
未だ 満足のいくものはなく


今日もその海に漂い
やがて浜にうち上げられ
再び波に飲まれていく

Coward

所詮 弱虫だよ

言いたいことも言わず
伝えたいことも伝えず

今日も一人悶々としてる


ただの 臆病者だよ


良いとこだけ見せて
やさしい言葉だけかけて


その奥にある
苦しみも悲しみも話せないなら

一握りの勇気さえ
奮い起たせることができないのなら


鏡に映る自分の姿を
見て見ぬふりしてるだけだよ

2011年4月29日金曜日

春の日の

青い空の春の日の
朝のほんのひと時の

ひんやりとした
ひんやりとした

空気をゆっくり吸い込んで

歩きはじめるその一歩

しっかりとした
しっかりとした

その一歩

踏みしめて




新芽の 若葉の

その淡い緑の
その先に

しずく 一つ
しずく 二つ

しずく 三つ
しずく 四つ


青い空の春の日の
朝のほんのひと時の

ひんやりとした
ひんやりとした

朝のほんのひと時の

未来への
未来への

始めの一歩

talk to myself

その

君の本気を知りたいんだ

どれだけまっすぐに

立ち向かおうとしてるのか

それを知りたいんだ

中途半端なきれいごとや

建前はいらないんだ

君がどうしたいのか

どう生きていきたいのか

それを知りたいんだ

2011年4月25日月曜日

20代のころに思っていた
人間にはなれなかったけど

30代の今も
あの頃の気持ちを持ち続けることができている



「世の理不尽さとは戦う」と
「少なくとも自分自身を変えることはしない」と


そんな自分の心の骨格が
今、しっかりと自分を支え
そしてその骨格を基とするこの体には

脈々と

しっかりとした信念が流れている
その血潮を感じる


そして
それを喜ばしく思う

2011年4月23日土曜日

くたくたでも

ボロボロになった雑巾のような
穴だらけのデニムのような

そんな体に鞭打って

ぼさぼさの髪
のばしっぱなしの髭

お構いなしに闊歩する

見た目は少し汚いけれど
心は誰より純粋で

2011年4月20日水曜日

そして何も変わらぬ世の中で

生きるためだけに


押し出され
吐き出される


下から突き上げられ
上からは叩かれ


そうして一日が過ぎ


飲み込まれ
押し込められ

また吐き出される


自らに蓄積される
老廃物や不純物を
消化し、浄化するヒマはなく


そうしてまた今日も
飲み込まれ
すり減らし、削れ、
消えてゆく


---

震災後、しばらくは思いやりの気持ちを思い出したはずが
都会に生きる人々の生活は物理的にも精神的にも
元に戻ってしまった。
人にぶつかっても謝らず、座席を譲る姿も見受けられず。

2011年4月18日月曜日

The life.




Dear my brother in law and niece.
I always love all my family.

2011年4月17日日曜日

悲しみの始まりは簡単だ。

言葉が一つ足りないだけで
言葉の順番を間違えるだけで
こうも人は傷つき、傷つけるものなのか。

ほんの少しのかけ違いが
心と心のすれ違いになり、
そんなすれ違いが繰り返されていくうちに
大きなズレを生み、崩壊し離れていく。

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2011年4月15日金曜日

春の日に。

つくしがね、ひょこひょこ立ってるんだ。
線路沿いの道端に
ひょこひょこ、ひょこひょこ立ってるんだ。

スミレがね、ひっそりと咲いてるんだ。
マンション裏の隠れた小路に
ひっそりと、ひっそりと咲いてるんだ。

山桜のね。
花びらがひらひらと風に舞うんだ。
駅まで続く坂道に
ひらひら、ひらひらと風に舞うんだ。

ぽかぽかとした春の日に。

ぽかぽかとした春の日に。

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2011年3月29日火曜日

花が咲き、鳥が歌い
陽の光が柔らかく暖かい日々に
たくさんの命が
たくさんの思いが
救われんことを

2011年3月23日水曜日

ここ数日、放射能汚染された野菜類のニュースが
頻繁に報道されています。
日が変わるごとに新しい情報が飛び交って、
整理するのに少し時間がかかる毎日です。

水道水の汚染、農作物の汚染。

飲食業従事者だけでなく、
一般家庭のみなさんにも打撃を与える現実と思いますが、
あくまでも「一生汚染されたものを定量食べ続けた場合」の
「人体への影響を考慮」した場合の基準値を超えたという発表であり、
その被害を少しでも避けるための出荷自粛であることを
忘れないように気を付けたいと思います。

私の地元の野菜も出荷自粛要請を受け、
現在市場には出回っていません。
親類に農家もあれば、地元の友人には
農家を継いだものもいます。

そういった人々の現状を思うと
致し方ない処置とはいえ、非常に心が痛みます。


過去にもダイオキシン汚染や
地下水脈の発がん性物質汚染等、
多種多様な報道がなされてきましたが、
メディアは一通り報道が済んでしまうと
その後を追いかけることは余り多くありません。


現に、震災前には霧島連山の新燃岳噴火のニュースが
多くのメディア上で報道されていましたが、
現在の状況については余り報道されていません。
しかし、現地では今も被害に苦しんでいる方が
いらっしゃいます。


そして私たちはいつの間にか「忘れてしまう」。


今の私たちに必要なことは
今回のような震災が起きた時に
あわてて行動することではなく、
日頃から氾濫する情報の取捨選択をし、
その情報の精度を高めて生き抜くための最良の策を
選び講じていくことだと私は思います。


中途半端な知識ではなく、
自分が必要とするすべての情報を集め、
そのアンテナを張り巡らし、同時にさらに感度を高めて
自分を洗練していくこと以外に
生き延びる道はないのではないでしょうか。

もちろん、自分だけが生き延びればいいということではありません。

生きているすべての命がこの先もこの星の上で共存共栄できるよう、
知能を与えられた人間という生物が
日々形作り、生まれてくる命を慈しみ、愛し
次の世代へとつなげていくことが
何よりも大事なのではないでしょうか。

亡くなられた方々のご冥福を祈るとともに、
残された私たちの命は与えられる限りの時間を
懸命に生きていかなくてはならないと、
私はそう考えます。

2011年3月17日木曜日

僕は決めました。

ずっと守ると。
困難にはともに立ち向かうと。
倒れそうなときは助けに行くと。

たとえ時間がかかっても、
どれだけ時間がかかっても、

あなたを想い生きていくと

僕は決めました。

Let's calm us down!

ここ数日、買占めが横行しているそうです。
特にトイレットペーパーやティッシュペーパー等の
生活必需品がないそうです。
石油在庫量が少なくなっているせいでしょうか。

しかし、買占めは避けた方が良さそうです。
もう少し経つと物資の供給も
ある程度の水準まで戻るそうですし、
今はすべての人が互いに支え合い、
この困難を乗り越えていかなくてはいけませんから。
たとえ避けたくても、この現実、現状からは
目を背けることはできません。
乗り越える以外に道はありません。

であれば、助け合い、思い合い
そうやって乗り越える方が良いと思うのです。

今回の事象で、あらためて人が一人では
生きていけないということを思い知らされました。

今、被災地の人たちのためにできることは
多くはありません。
しかし、できることから、
まずは始めることが大切だと思います。

多少の被害はあっても、
被災地に比べれば、まだまだ落ち着いた現状の首都圏。
ガソリンスタンド渋滞を起こす、買占めに走る等、
混乱を起こすのではなく、より落ち着いた行動を
していくことが必要だと思います。

一人一人が意識をし、そして行動に移しましょう。

2011年1月3日月曜日

想い

この青い青い
同じ空の下 君に届け


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