もしも、本当に相手のことを大切に思うとしたら、
きっとそれは「束縛」にも似た「好奇心」だと思う。
相手と距離が近づくにつれ、人はその相手のことを
「わかった」気になり、それ以上の関心を
抱かなくなるのが常ではないのかなと、そんな風に思う。
もしこれを読む君が
たとえば僕を大切に思ってくれるのだとしたら
毎日のように僕のことを知ってほしいと思うし、
たくさんのことを聞いてほしいと思う。
また、逆に僕も君の事をもっともっと知りたいと思うから、
もっともっと時間を共有し、話をし、質問攻めにするくらいの
そんな密度で接していきたいと思うんだよね。
これは僕を例にした話でしかないけれど、
誰しも、そうあってほしいなと思うから、
こんな風に書いてみたんだ。
関心を装った(興味があるようにみせかけた)無関心(安心)は
とてもとてもさびしいことだと思うから。
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